うまい!とは何か、化学調味料は本当に旨い?

前回の記事で、人間がうまいと感じるのは、メリットがデメリットを上回っているからであると考えた。

味覚の想定外

さて、そんな味覚だが、想定外のものがある。健康に良いとオトナが言ってるもののなかに、旨くないものがあることと、逆に悪いものでもオイシイと思ってしまうことに不思議を感じたことはないだろうか。

あるときは、不味い青汁が身体に良いと言っていたり、逆に、美味しいスナック菓子が身体に悪いと言っていたり。

これには、本能の感覚と脳の錯覚があると考える。わかりやすいよう言葉を分けよう「旨い」は、本能の感覚、「オイシイ」は仮に脳の錯覚のようなもののイメージで使う。

不味い野菜は栄養ある?

健康に良いとオトナが言っているのに旨くないもの、まずは野菜だろう。本能の強い子どもらは野菜が嫌いな場合が多い。彼らの言い分は、ナスがグニュっとするのが嫌だ、トマトがプシュってするのが嫌だ、ピーマン苦い、シシトウ辛い、生のネギが嫌だ、ニンジン臭い、魚の骨が嫌だなどなど、枚挙に暇がない。

一つは、野菜に含まれる自然毒である。ナス・トマト・ピーマン・シシトウ、これらは全てナス科に分類されている植物である。ナス科の植物は相当数が毒草木である。

つまり、先のナス科野菜も、多少の毒(苦味・エグみ)があるのである。しかし、毒の分解能には個人差があり、大人には苦味はわずかに感じられても、消化機能が未熟な子は、少しの毒でも苦く感じる。

多肥で育てると苦い

また、硝酸態窒素の問題もある。化学肥料や有機肥料をたっぷり使用して育てた野菜は、大きく緑も濃くなり一見良さそうに見えるが、食べると後味が苦くなり、畜糞の臭いがする場合もある。

この苦味は硝酸態窒素といい、特に乳児に硝酸態窒素が多い野菜を無理に与えるとブルーベビー症候群を起こすのは有名だ。時々、無肥料で育てた野菜であれば嫌いな野菜でも食べられるというのには、この硝酸態窒素が少なく、苦味が少ない=デメリットが少ないからである。

昔より不味い野菜が増えた

また、昔に比べて栄養が減ったとか、野菜が不味くなったとか言われるのは、品種が変わったこともある。柔らかくて美味しい品種よりも、配送するためにそこそこ固くて丈夫で形が揃って、化学肥料で育てるために多肥でも病気や害虫に強い品種改良が優先されてきたからである。しかも多肥で育てるとそれに加えて苦くなるのだから、栄養が減って固くなって毒が増えた=不味くなったのだ。

本能の味覚

食感が嫌だなどとこじつける子も居るが、本能の味覚が既に狂っていない限りは、食べない原因は身体が受け付けない=苦い・固いからであり、その子が無理して食べても、デメリットのほうが多く、健康に寄与しないということになる。

体質の個人差や、消化器官の未熟、その時の体調や、以前に食べたときの経験によって、食べ物の旨さは変わってくる。舌や思考に異常があって過敏なのではない。それが本能の味覚なのである。

不味い野菜は食わないで良い

何度も言うが、そもそも不味いものは自分に分解できない何かがあり、それを上回る栄養がないということである。だからといってアク抜きをすると栄養も失われるし、すりおろして見えないようにしたり、甘い味付けにすると確かに食べては貰えるが、根本的な問題解決にはなっていない。

美味しくないものに科学的には栄養があっても、毒のほうが強ければ意味がない。不味いと思ったら、素直に食べないと言う選択もアリである。科学と本能、どちらが自分に近い事実だろうか?野生動物たちは科学的に検証してから食べ物を選ぶだろうか?手に入る範囲の中で、より旨いと思ったものを選んで食うのが動物である。

ジャンクフードがオイシイ?

さて、逆の場合はどうだろう。現代社会に生きる人は、砂糖や化学調味料入りのジャンクフードをオイシイと言って食べる。

最初に立ち戻り、砂糖や化学調味料を栄養的視点で見ると、砂糖は糖分であり、化学調味料もアミノ酸という、れっきとした栄養の一つであり、一見これらも旨いもののようにに見える。味覚にも最初は旨いものと認識してしまう。

しかし実際は砂糖や化学調味料が健康に害をもたらすと言う声が出てきている。オイシイのになぜだろうか。

そのままで自然界に存在するかどうかがポイント

人間の味覚が獲得されたのは、毒と栄養の判断のためであることは述べてきた。そして、砂糖や化学調味料は自然界「由来」の栄養であるが、自然界ではそのままで存在しないのはご存知だろうか。

例えば、水は自然界に存在する。水はすべての動植物に含まれているが、単体でも存在する。朝露や雨、湧水や川など。純水ではないが、ほとんど単体の水と言っていいだろう。

水の場合は自然界本来の飲物といえ、水がその時美味しいと思えば飲むし、今はいらないと思えば飲まない、で良いのだ。海水は飲んではいけないと言われているし、まずくて飲めたものではない。

しかし、砂糖はどうだろう。砂糖はサトウキビや砂糖大根から作られる。自然のものじゃないのだろうか。

砂糖を得るための苦労

まずサトウキビは根を張るため、かんたんには抜けず、さらに茎がとても固く、茎を刃物で切って、歯でカジッて、咀嚼することでやっと甘いジュースにたどり着ける。糖分は固い外皮と繊維に守られており、葉は刃物のようで、素手では危険である。そんな熱帯原産の植物を、硬い茎から絞り出し、さらに栄養を全部取り去って、砂糖にして食卓に登場するには、多大な労力か、人間の叡智である機械が必要である。つまり自然界「由来」であっても人間の身体能力からは自然界「本来の食べ物」ではない。

砂糖大根(甜菜)はと言うと、甘い糖分を含む大根のような根は土の下にあり、さらに強いアクを持ち、臭すぎて到底生では食べられそうもないシロモノだ。本来は寒冷地の植物で、こちらも人間の叡智で様々な工程を経て精製する必要がある。やはり自然界本来の食べ物ではない。

砂糖を取るために比較的容易だから栽培されているこの代表的な2つの作物でさえ糖分を動物に食われないように守っている。しかも、糖分だけを抽出してしまう。そんな砂糖は、食べると甘くて一時的に幸せな気分になるため、昔から奴隷に作らせていた。文字通りアメとムチである。

糖分は守られている

そもそも、植物はなぜ糖分を守る必要があるか、花を咲かせて種を付け、子孫を広げるための栄養蓄積や、冬に凍らないようにするための工夫である。そう簡単に動物に食われては困る。

他の植物も糖分をデンプンに変換するなどして、もっと強固に守っており、人間や犬は、このデンプンの状態の糖分をエネルギーにできるように内臓を発達させて、進化してきた。ちなみに草食動物は、更に強固に結合したセルロースやリグナンを、腸内の共生菌で分解してエネルギー源にできるよう進化している。

動物がより多くのものを栄養にできるように進化するのは自然なことのため、人間の叡智で得られた食料を全て否定するわけではないが、自然界では簡単に砂糖は得られないということがお分かりいただけただろうか。

同じようにメープルシロップも、アガベシロップも、はちみつも、自然ではタダでは入手出来ない。

この辺の植物の巧みな動物コントロールは、長くなるので次回以降のお楽しみとする。

甘いモノとは

砂糖が自然界では存在しないとなると、果実や冬場の限られた野菜ぐらいしか甘くはない。

それを踏まえて、なぜ砂糖などの甘いものがオイシイと感じるのかは、これで想像がつくだろうか。本来は甘みは食べ物の栄養ステータスの一つであり、自然界では甘みの強い果実等には他の栄養も含まれているからであり、甘みとは果実が熟れているかのセンサーだからである。

砂糖単体では自然界では存在しないため、砂糖を他のものに添加することで、栄養を増加させたように見せかけ、味覚が騙されて、オイシイと思ってしまうのである。

砂糖自体は確かにエネルギーになる栄養の一部だが、それだけを多く摂取することで、想定外=害になるのだ。

食べているのは自然な果実ではない

じゃあ自然界に存在するからと言って果実ならいくらでも食べていいのかというと、現代の果実の不自然さに行き当たる。食べた果物の種をまくとほとんど酸っぱい実にしかならないというのは聞いたことがあるだろうか。種をまいて育てると、本来は甘みは弱めで酸味のある果物になるものが多い。原種帰りしてしまう。バナナもりんごもみかんも、原種は対してそんなに甘くないのだ。

実は甘い果物というのは、自然界には本来は数パーセントしか存在しなかった偶然の産物を、人間が人工受粉や栄養繁殖で増やしたものなのである。ある時は品種改良や薬品処理で種を少なくして食べやすくし、またある時には人工的な栄養を与えることで、甘みを増やす。なかなかの不自然さである。

もしそれが美味しいと思っているなら、本来の食べ物を食べ続けることで味覚をリセットすることができる。

化学調味料は栄養か?

一方、化学調味料である。化学調味料として使われているアミノ酸は自然界に存在するが、やはり単体では存在しない。

グルタミン酸ナトリウムは昆布に含まれているが、昆布には多数のミネラルや多種のアミノ酸、食物繊維なども含まれる。肉や魚にもアミノ酸は存在しており、多くは結合したタンパク質の形になっているし、一つのアミノ酸だけが在るということはありえない。

なぜ化学調味料が旨いのか、もちろん単なるタンパク質よりも消化しやすい形であり、それで他の食材に栄養を底上げできるからである。

しかし、化学調味料で味付けすると、だんだん濃い味になっていく。舌が麻痺するというよりは、騙されなくなるといったほうが正しいように思う。

栄養欠乏で濃い味になる

科学的にわかっているだけでも、アミノ酸にはいくつも種類がありが必須アミノ酸と言われるものでも9種類ある。いくら自然由来のものとアピールしたところで、化学調味料と言うのは、複数のアミノ酸のうちの1種類を精製して取り出したものであることは明らかだ。自然由来は自然本来とは違う。

人間は本来は同時に摂れるはずの複数のアミノ酸が摂れていないと、必然的に栄養欠乏が発生し、より多くの栄養を欲するからである。これは砂糖などの甘味料も同じ話である。バランスよく色々なものを食べろとはよく言うが、食べる味付けが1つの栄養素に偏っていては元も子もない。

自然界にある状態で旨い食べ物が本来の食べ物である。

次回は本来の食べ物について掘り下げてみる。

コメントを残す

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。